植田茉莉子

育児と人形制作の日々

制作と母子分離

 Twitterやっているとリツイートなどで保育園問題をよく見る。専業主婦でも一時保育のあり方や保育園活用に声をあげる人も増えてきたようだ。便利なのは十分承知しているが、私は一時保育を利用していない。

一時保育利用すれば人形制作も出来るし、お昼ご飯もゆっくり食べられる。1人の時間を満喫できるのにね。
それは幼稚園入園後でいいやと思ってしまった。それまでは自分のペースで子供達と一緒にいて出来る事をする。
ありがたいことに私はそんなにイライラしないのだ。子供達のことで大変とは思うし、たまにはイライラもする。バイオリンの練習で発狂しそうになることもあるけど気持ちの持って行き方を学んだのでどうにかなっている。

私の住む地域は認可保育園のみ一時保育がある。そして、決まりごとが多い。一時保育なのに、その生活スタイルに合わせるよう要求された。お昼寝は12時から、お昼ご飯は11時くらいから。普段の生活もそうしてくださいというのだから拒否反応。そんな決まりごと無視して預けてしまえばいいのにと思うかもしれないが、どうにも受け入れられなかった。もっとゆるくていいじゃん、小学校じゃないんだし。

そう思ったが最後、保育園は園庭開放のみ利用させてもらうことにした。

必要ないと分かっているならいいじゃん、わざわざ否定的なことを書くなんてと思うだろう。

でもここでしか書けない。そう思ってしまった。

そして一番の理由は母子分離、私には辛いことなのです。離れたくないの。常に一緒に遊ぶのは無理。でも目の届く範囲にいて欲しい。

人形教室で丸一日いないとしても、夫が家で子供達と居てくれるから安心して離れられるのです。保育士さんを信用してないわけではない。むしろプロ。でもそういう問題じゃあない。

 

子供と離れることは私には課題、過保護ともいう。息子は2歳でプレが始まる。週1だけだけど。不安もある。楽しみでもある。

楽しみな理由は制作時間がとれること。

プレは慣れたら親はついていかないのだ。

子供との距離の持ち方を少しづつ学んでいく。

息子を園バスに乗せる日も遠くない。

 

 

 

 

インフルエンザA型

やはり感染していた。15日水曜日の夕方発熱にに気づき測ったら38.4度。

念のため小児科に連絡、今行ってインフルか分かるのか不安だったから、受診時はまだ不明。翌日発熱していたら検査するとのことだった。

16日木曜日の朝は平熱、大丈夫かな?と思いきやお昼頃また38度の発熱。インフルA型でした。

薬をすぐに飲んだし、予防接種もしていたためか翌日には平熱に戻った。

いつも通り元気とはいかないけど長時間隔離は子供も不安なのかしょっちゅう呼び出される。

息子にうつると困るのでなるべく隔離。

17日金曜日は夫に早めに帰宅してもらい息子の世話を任せた。

息子の寝かしつけの後、リビングで娘と遊んだ。娘はDVD観ながらも1ぼっちでよく我慢したと褒めた。

 

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18日の今日は、引き続き平熱。

元気だし食欲も戻ってきた。

実家から野菜やお菓子と私の簪が送られてきた。買い物に出てなかったので助かる。

親への感謝の気持ちはこういう時に痛感する。

 

簪は私が凄く嬉しくて娘の髪で遊んだ。

 

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熱も下がったし、薬を飲みきって落ち着いたら登園許可証もらいに行こう。

 

 

学級閉鎖

今日は娘の幼稚園で年少さんのみ学級閉鎖でした。明日から通常通りのはずでしたが、娘も発熱。とうとうきたかと思い、小児科へ。発熱からすぐだったのでインフル検査してもらえず。がっかりしていたら、お夕寝後の熱は37度台まで下がったのでもしかしたらただの風邪かもと少し期待しています。

軽い咳と発熱、明日どうなるか。

 

 学級閉鎖中なので大事をとり、お家に引きこもってました。

午前中は子供達のお絵かきに便乗して私も

ブリュを描いてみました。自分のスケッチブックを引っ張り出して久しぶりの鉛筆。

ブリュの顔の比率を探ろうとしていたら描く方に集中してしまい、途中で混乱しながらも楽しかったなぁ。肩肘張らずにちょくちょく描いていこう。

そしてスケッチブックが入っていた箱に大学時代のポートフォリオも入っていて懐かしく眺めました。

平面から立体へ移行するきっかけの作品を発見。今みると微笑ましい作品たち、あの頃は真剣だったな。過ぎてしまえばたとえ苦い思い出も懐かしいものになります。

 

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バレンタイン

 昨日、娘と一緒にチョコレートを作った。

(一昨日幼稚園の展示会だったので月曜は振替でお休みでした。)

溶かして型に入れてトッピングを乗せるだけの簡単なもの。しかしまだ娘は4歳、それだけでも難しい。トッピング乗せとホワイトチョコとミルクチョコのマーブルを担当してもらった。

そして以前に娘と夫が100均で購入してきたキティーちゃんの型の出番。

 

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チョコレート解禁前なので息子がお昼寝中に作成。

ちなみに今朝サプライズで渡すはずが、その日に限って夫は起きれず、娘の見送りに降りてこなかった。バレンタインだと忘れていたようです。娘はパパの喜ぶ顔が見たかったのに残念、「ママ、パパが起きたらすぐ渡してね」と託された。その後、夫にやや冷たくチョコを渡した私。ちゃんと朝起きるよう連絡を怠ったと私も反省。

 

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そして、可愛い息子には好物のプリン。

パステルのプリンにしました。来年はチョコレートでもいいかな。

 

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私用にモロゾフのハーティ、猫ちゃんの青い缶です。

 

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感想としては「なんとか乗り切った」←大したことしてない。

 

 私は箱が好き。

ジョセフ・コーネルの知ったのは予備校生の時だった。課題でボックスオブジェを作った時、講師が紹介してくれた。

私が作ったボックスオブジェは赤い糸で繋がりを表現し木で故郷を表現しようとしたものだった。制作過程は楽しかったけどビジュアル的にはイマイチ。

自分で作るセンスは無いが魅せられた。

画家以外で初めて購入した画集はジョセフ・コーネルのものだった。

弟を楽しませるために作ったというのも響く。だからノスタルジーを感じさせるだけでなく面白みがあり、見ていて心地よい。

 

標本もそれにあたる。

靴や人形が箱に入ってるのも好き。

ただ棺にお人形を入れているのははっきり言って嫌い。

最近、好きなものは手元に欲しいと思うようになった。そのもの自体がもつ空気を感じ取りたい。雑誌の写真やネットや画集もいい、ただ可能ならば実物をお迎えしたい。

創造のカケラというか息吹というか肌で感じ取れるように。

 

 

 

 

なりたい自分

「なりたい自分になる」という言葉が目に留まる。ストレス無く美しく生きれるかのような気持ちになる。そんなスーパ―ウーマンとはほど遠い私。

 

読書家で思慮深く冷静かつ情熱的でありたい。

創作活動したい。

美味しいご飯食べたい。

毎日お茶の時間にはお気に入りのカップ&ソーサーに美味しいお菓子が欲しい。

夕食はワインを飲みながら作りたい。

野の花や薔薇の咲く庭を眺めながら無邪気にはしゃぐ子供達をみて微笑みたい。

気になる展示には必ず足を運ぶ。

 

なりたい自分になるというより願望だなこれは。

もっと些細な現実ひとつひとつと向き合うことだよな。

依存という意味ではなく自分の欲求に逆らわない事。

 

 

庭の件は我が家の住宅事情ではなかなか厳しい。

 

 

ブログ

 私はTwitterでぼやいてブログで語ろうかと考えてたいた。まだ使い分けが上手くいかない。

Twitterは文字制限があるので長文に向かない。

ブログは書きたいように書けるけどTwitterに比べると孤独。

Twitterではリアルな知り合いがいることもあり、なるべく軽めな発言にしたい。

ブログはリアルな知り合いの繋がりは無いはずなので思いのまま書ける。

大して恥ずかしくも際どいことも書かないのに線引きしてしまうのよね。

たぶん、対人関係の築き方に問題ありなんだと思う。

だから連動できない。

人付き合いが下手なのは子供の頃からで特定の人としか仲良くしない傾向があった。

大人数は苦手なのだ。勝手に埋もれた状態になり黙ってしまう。みんなが話してくれるから話す必要はないと思ってしまうし、同調できない場合辛い。頑張ってしゃべるとそれが伝わり私も相手も疲れてしまう。

 

不思議な事に人形教室では人が多くても少なくても楽しい、しゃべらなくてもいい。美大にいた時は孤独なことも多かった。いやいや楽しいことは沢山あったし、贅沢な時間だったのは確かだ。ただ、深刻ぶっていて、自問自答ばかりして自分を追い詰めていた。現代アートについて考えすぎていたと思う。体系的に学んで、理解したとしても共感できるとは限らない。

昔の私に「ありのままでいいんだよ、無理しないで好きを極めればいいんだよ」と言ってあげたい。私にも野心家だった時代があった。

今はただ、自分が可愛いと思える人形を自分で作りたい。

そしてさらに余裕が出来たら絵を描きたい。

 

子供達が成長し、ほんの少し育児が落ち着いてきて創作の風が吹いてきた。染み渡ってくる感じがする。私の大好きな空気。

これがないと生きてる実感が湧かない。

いくら家族が愛おしく大切な存在であっても。

これはこれ、それはそれ。